朝のニュースによると、今日は入梅日らしい。

 

4月の半ばに文章を書いてからのふた月の時間

暑くもなく寒くもないそういう時期は過ごしやすいし過ぎやすい。

 

用水路にたまっていた桜の花弁がだんだん流れていって、穏やかだった空は見る影もなくぎらぎらと照りつける。が、そんな真夏日を窓のそとにきょうも涼しいファミリーレストランで黙々と考える。考えることばかりたくさんある。

 

家では仕事が捗らない人間 自分はその典型であり、諸々試したが諦めて外で作業するのが一番性に合う。ここ数ヶ月はいろんな店を点々と、偶に気にいればしばらく通いつめたり、そんなところ。昼下がりのファミレスはこの日も数組の話し声が小さくきこえるだけで、一番すみっこの席は考えごとに都合がいい。

 

 

 

食事をとり、すこし考えて、やるべき仕事にとりかかる

学生の肩書きを失って、イラストレーター(という呼称は今ひとつしっくり来ていないのだが)としての自覚をぼんやり持ちはじめておよそ一年がたち、すこしずつ色んな仕事をするようになった。好き勝手に絵を描いていた頃とはまた考えることも力不足を感じることもふえたが、日々描いては生活を築くうちに、少しずつ満ちていけばいいといまは思う。

あいかわらず 自分のことはやはりできそこないと思うばかりだが、自分がつくるものは前よりも愛せている。依頼してくれた人がもしもそれに近い愛着をもってくれていたら幸せなことだ。

 

ひと通り仕上げて、アイスコーヒーを注ぎにゆく。

ドリンクバーは必須だ。何杯でも好きなときに好きな飲物を口にできる、そんな贅沢にいてなにをのろのろしている、と常に叱咤されているような心持ちで、捗る。ミルク4つとガムシロップ2つの甘さが疲れた脳をなでてくれている ような気がする。

 

 

休憩がわりに昨日のできごとを日記につづる。

昨日のできごともまた今日と同じようなことだが、そんな同じような日々でも日記はいい。これまで何度も三日坊主に終わってきたが、今回は六ヶ月坊主だ。年々早くなる時の流れに対抗できるのはやはりこれなのだ。不安になるなら何時間かかってでも読み返せば、もう一度その六ヶ月を過ごせる。かなうならもっとずっと早くはじめていたかったが、友人たちといた頃はあんまり賑やかな日々で描いてる暇などなかったのだからこればかりは仕方ない。

 

 

 

朝のニュースによると、今日は入梅日らしい。

こんなにいい天気だけれど。いまは雨にうたれて憂鬱になるまえに、雨を心待ちにすることにしている。茶店の窓からみる雨の道路とか、近所の山のもうじき咲くアジサイだとか。そういった美しいものをみて自分がどう思うのか、なにを閃くのだろう、と。

 

そろそろ染みない靴を買わなくてはいけないと思った。