探していた詩集を見つけて買った。大あたりというか、書きたかったことみんな先にやられてしまったという意味では大はずれだ。どうあれすごい一冊だった。("すごい"の部分にあたる言葉をしばらく探したが思いつかないので最初に思った"すごい"にする 読まないとわからないと思う)

 

文庫本が出版されておらず外出時にもっていけないのが嫌だったので一晩かけて普段詩を考える時に使うアプリに全文書き起こした。これで外でもひとまず読める。

こないだ滝本晃司のライブを観に八王子に行った。薄暗いなかにいろんなイスが行儀良く並んでいて、背もたれのついた端っこの席に腰かけて聴いた。それで長距離移動の疲れかうとうとしたときに一瞬星の夢をみて、眠気と相まって滝本晃司のぼんやり滲んだ歌そのものみたいだった。

 

前みたいにばかみたいにどん底にいる時間がへった。だからなのかあんまり詩がかけなくなった。安心がほしいな つかれたな なんとなく続いているものがたくさんあって、なんとかしないといけないんだろうなと思う 

 

 

昔の知人の家が近所の火事で全焼したと知った。その人のお父さんはアンティーク収集が趣味だったようで、写真は数枚しか上がっていなかったが大事にしていたことだけはわかった。

数十年かけて集めたそれらはかたちも残らず灰になったと読んだ。命があってよかったとみな言ったが、命より大事だったかもしれないじゃないかと思った。自分の生きた時間の何倍もの月日が、自分の手元で灰になること。言葉も出なかった。なにか言ってあげたかったが、できなかった。

ネットオークションはいい。普通に生きていたら巡り会わないようなものが次々と目に飛び込んできて、あわよくば手元に届いてしまう。私からするとネットオークションは端まで辿り着けないリサイクルショップで、掘りきれない鉱山で、数え切れないほどのロマンが埋もれている。

最近はというと、以前より集めていた万博関連の資料や商品をより血眼で探している。それと昭和以前の学校教材、幻燈機とスライド、昆虫採集の道具。どれも言いようのない妖しいときめきがある。興味のあるものがだんだんと増えて収拾がつかなくなりかけている。