昨日は随分と長く眠っていた。

夜行のバスを降り、真っ黒の空は三十分ほど歩くうちにもう朝の顔をしていて、すっかり夢からさめたようだった。数か月ぶりに東京の黒く固い地面を歩き回った足は、もう今日はどこにも行きませんと言うように少し痛みだしていたので、家についてからは大人しく眠ることにしたのだった。

 

この町の建物はどれも寸胴で背が低く、当然、東京にすらりと伸びたモデル体型のそれらと比べてしまえば、悲しくなるほど田舎の様相をしている。都会の喧騒やあの忙しなさの欠けらもないが、見慣れきった風景に燃えるような感動は残されていない。商店街にはいつもの空気が停滞し時間さえ止まっているようだが、ゆるやかに終わっていくようにも見えた。家の近所にはいまだ手作りのこんにゃく屋があり、前を通るたび、昔そこで買ってもらったフルーチェが数年単位で期限切れだったことを思い出すのだ。ひとりでは眠れない、胸を張って子供だった頃の話。ずっとずっと、ずっと昔の話。

 

不安になるほど穏やかな午後の光。五月は半ば、木々も道端の雑草でさえも、見惚れるほど美しい新緑を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祖母が死ぬらしい。

 

父ははっきりとは言わなかったが、他に捉えようのない言葉だったので、私はそう理解した。窓の外を見ながら、流れるように、でも少しだけためらうような口調だった。一瞬の間があったが、私は目を見開くわけでも息がふっと止まるでもなく、ああ、そうなんだ。とだけ返して、同時に、普通に言葉が出てきたことに驚く。

 

一週間以内に、黒いスーツを用意しておけ、とのことだった。

父が言葉を慎重に選び取っているのがどうにもわかってしまって、辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついたときから、家族は当たり前に六人だった。

妹と両親、祖父と祖母。全員が乗れる大きなファミリーカーがあったし、いつも長いテーブルを挟んで三つずつ椅子が並べられていた。夢みたいに、うすぼんやりとしか思い出せない記憶を手繰れば、所謂おばあちゃん子だった私は毎日、祖母の和室にいた。「タイタニック」と手書きで書かれたビデオテープと、冬のソナタの並んだテレビ台。優しくしとやかで、毎晩三味線の稽古をしていた彼女のことを、私は子供心に聡明な人なんだろうと感じていた。幼かった私にラブロマンス、まして海外のものなど理解できるはずもないが、時の人である"ヨン様"に目を輝かせていた祖母の姿だけは覚えている。贅沢なほど、あたたかく幸せな家族と時間だったと思う。

 

 

 

それから私が小学校の四年生か五年生になった頃のクリスマスの朝。サンタクロースとの我慢比べにたやすく負け、眠ってしまった寒い朝に、大好きだった祖父が他界した。

枕元に置かれた、世界で一番綺麗な赤と緑の包み紙を開きながら、私は二階がなにやら騒がしいことに気づいた。ぞっとするほどつめたい朝。幼い頃からその類の勘に鋭かった私は、部屋の中にいながらどんな恐ろしいことが起こってしまったかおおかたの想像がついてしまって、やがて両親が和室の戸を開けた時、「聞きたくない」と言ったと思う。祖父の部屋は、陽が射しているのに妙に青っぽくて、傍らで祖母が泣いていた。

 

クリスマス・イヴ。ひじりの夜に、いつも通りに眠ってそのまま目覚めなかったという祖父の肌は、あるはずの体温がもうどこにも残っていなくて、私は思わず小さく悲鳴をあげそうになったが、ぐっと飲み込んだ。ボウリングが大の得意だった祖父の体はがっしりしていて、夜遅く帰ってきてはボウリング大会の景品であるお菓子やらなにやらを孫にくれる、当たり前にあった時間や機会のすべてが、肉体とともに終わりを迎えたのだと悟った。

 

 

 

 

それから祖母は急激に変わっていった。穏やかだった口調は、泉のように無限に湧き出る心配事を繰り返すだけで、彼女を聡明たらしめていた眼差しはきょろきょろと定まらなくなってしまった。会話が成り立たず、家じゅうに苛立ちが充満する。弾き手のない三味線は、和室の隅に立てかけられたままになった。祖母が施設に入ったその夜、悲しいほど静かで穏やかな時間が続いていて、やがて流線形のようになだらかに、彼女のいない時間が日常と化した。

 

 

 

 

 

 

最後に会ったのはいつだったろうか。

祖母が施設に施設に入ってから何度か家族で面会しに行く機会があったが、私は祖母に会うのが怖く、しばらくは両親と妹だけが会いに行っていた。私は私の好きだったものが変化していくことを受け入れる事が苦手で、祖父が他界した際も長らく仏壇に向かい合わなかったし、墓参りもなるべくしなかった。それをすることで、自分の中にいた祖父が完全に終わってしまうことが何よりも怖かったし、面会のそれも同じような理由だった。記憶のなかの彼女のままでいてほしかった。

それでもしばらくすると意を決して、というよりその恐怖心が時間とともにやや薄れたというのもあり、面会に同行する気持ちになった。会わないまま祖母を失ってしまったら、という別の恐怖が生まれたというのもあったと思う。車内には形容しがたいじっとりした空気が流れていて、それが精神的なものだったかこの町の曇天のせいだったのか今となっては思い出せないが、その空気にあてられて私の心は強張っていた。

 

 

 

 

施設のロビーで車椅子に腰かけた祖母を見た時、私はそれが祖母だと一瞬気づかなかった。記憶の中で真っ黒だった祖母の髪が、思わず見とれそうなほど綺麗でおぞましい白色をしていたからだ。私は今まで生きてきた中でも類を見ないほどのショックを受け、また死というものが風のように刹那に駆け抜けてゆくのを感じた。当然のように彼女に話しかける父と母を見て思わず吐き出しそうになる。悲しかった。

職員に車椅子を押され、祖母は個室のベッドに入る。ここが普段過ごしている部屋なのだろう。小さな棚の上に、家族で撮った昔の写真がいくつか並んでいた。真っ白の壁には少し光が入っていたが、祖父が他界したあの朝の青さに似ていると思い、素直に綺麗だとは思えなかった。

 

 

 

 

久しぶりに会う祖母は、認知症を患って記憶が所々壊れたようになってしまっていた。変わってしまった彼女を前に言葉を発せずにいたが、しばらくして私に気づいたようだった。じっと見つめる目は少し落ち着いているものの、記憶の中のそれとは全然違ったように思える。そして、

 

「だれ?」

と祖母は私に尋ねる。瞬間、私はここに来てしまったことを悔やんで。走って逃げたくなった。今自分に向けてまっすぐに発せられたその質問に追いつかれる前に全速力で、走って逃げたくなった。いまにも心が壊れそうだった。これを書いている今でも、その声が私を追っかけてくるような気さえするのだ。両親が、予期していたように笑いながら私のことを私の家族に紹介する。私のことを、私と毎日一緒に寝ていた私の祖母に説明している。

その光景に耐えられなくて、私はへらへらと口角をあげたり、俯いたり、何でもないように窓を眺めたりと忙しかった。

 

 

 

 

 

部屋を出る時、私は久しぶりに会う祖母の姿を残そうと持ってきていたカメラで、代わりに光の射した窓や彼女の靴、青白いベッドだけを写して帰った。帰り道のことは、よく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度か面会に行ったと思う。楽しみだとは思えなかったが、もしかすれば思い出すかもしれないと同行した。両親はその度、昔の写真を見せながら私のことを丁寧に説明したが、終ぞ私と過ごした時間を思い出すことはなかった。

恐らく四年ほど前の面会を最後に、私は祖母と会っていないのだと思う。しばらく離れなかった面会初日のトラウマも四年の月日とともに受け入れられるまでに馴染み、近頃ではたまにかかってくる施設からの電話を父が応対している時にだけ思い出す程度になった。

 

 

 

明日、礼服を買いに行く。これから来る死のために準備をするということは、とてもおぞましい。

そして二十代も半ばにさしかかって、毎日一緒に寝ていた頃の記憶は随分と昔のものになってしまったが、それでも大好きだった祖母の死がすぐそこまで迫っていると聞き、私が今それを受け入れかけていることが何よりも恐ろしい。今となってはもう、変わってしまったあとの祖母の口調しか、思い出せない。

 

 

タイムトラベルの映画や漫画が好きだ。私はいつだって過去に戻りたくて、今だって、夢のような大都会を友人たちと笑って歩いていた数日前に戻りたい。今朝でもいい。祖母の話を聞く前に戻りたい。知人たちとタイムトラベルの話をすると私はたまに、「過去に戻るなんて贅沢は言わないから、せめて先へ進まないでいてほしい」と話すのだが、今日わたしは、それが実のところ一番贅沢な願いなのだなと悟った。それでも、願わずにはいられない。私はもう十分すぎるほど大事なものを手に入れたし、今後さらに増やすことよりも、それらを失わないことの方が遥かに重要なことだと知っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

祖母は、コップ一杯の水を飲むのに半日かかると聞いた。

死が目前にあるとはどんな気持ちだろう。私は毎晩のように死んでしまいたいと思うけれど、死への恐怖は人一倍強いと思う。だから、いつか来る死のことを考えると、恐怖で今すぐ死んでしまいたくなる。家族との死別が来ると知りながら、それを待っているだけの今が恐ろしくて壊れそうになる。

 

キーボードを叩く合間、無意識にコップの水を飲みほした後に、自分にとってあまりに簡単なその行為に苦しくなる。いつもの何倍も、明日が怖くてたまらない。

なんでもいいから救ってほしい。祖母も、私も。

私の大事な人たちだけを、わがままにずっと守っていてほしい。