昔の知人の家が近所の火事で全焼したと知った。その人のお父さんはアンティーク収集が趣味だったようで、写真は数枚しか上がっていなかったが大事にしていたことだけはわかった。

数十年かけて集めたそれらはかたちも残らず灰になったと読んだ。命があってよかったとみな言ったが、命より大事だったかもしれないじゃないかと思った。自分の生きた時間の何倍もの月日が、自分の手元で灰になること。言葉も出なかった。なにか言ってあげたかったが、できなかった。

ネットオークションはいい。普通に生きていたら巡り会わないようなものが次々と目に飛び込んできて、あわよくば手元に届いてしまう。私からするとネットオークションは端まで辿り着けないリサイクルショップで、掘りきれない鉱山で、数え切れないほどのロマンが埋もれている。

最近はというと、以前より集めていた万博関連の資料や商品をより血眼で探している。それと昭和以前の学校教材、幻燈機とスライド、昆虫採集の道具。どれも言いようのない妖しいときめきがある。興味のあるものがだんだんと増えて収拾がつかなくなりかけている。

日記。赤羽のあたりを朝から晩までかけて歩き回った。家を出て、喫茶店で玉子サンドとコーヒーを飲んで電車に乗った。路地にかっぱ広場があって、凛としたカッパの石像がいた。乾いていたので水を皿にかけてやった。

川の方まで歩いて、赤水門(正式には旧岩淵水門というらしい)を見た。今は使われていない川の遺構は渋い。赤水門はお気に入りの曲の歌詞中に登場するので観ておきたかった。

駄菓子屋の前のアーケードゲームに夢中になった。カンフーが題材と宣うわりにこちらは素手で敵は手裏剣、刀、挙げ句の果てに分身して3対1。腹が立ったがスコアは1位だったので機械に名前が残った。

長い長いシャンデリアのある喫茶店でオムライスを食べた。カレーが好きなのに、喫茶店で見かけるたびにすごい引力でオムライスにつられてしまう。私がオムライスとコーヒーを飲む横で友人がビールとお雑煮を啜っていてまるでお父さんみたいだった。

一日中陽の光にあたるのは久しぶりで、そんな日に限って日焼け止めを塗り忘れて、鼻の頭が少し赤くなった。とめどなく汗を噴いた。汗疹もできた。9月にもなって、夏の残りかすが最後にいじわるしていくような休日だった。

真夜中の猪苗代で湖面を眺めている。それぞれ亀と白鳥を模した大きな船が二艘 行儀よく並んで、かすかな星あかりの中にぼうっと浮かんでいる。

車をとめて外へ出た瞬間、あまりにも星がきれいで胸がきゅっとした。息を呑む夜空というのはこういうものかと思った。子供の頃、付録についてきた星座盤のそれをそのまま空に貼り付けたようだった。きれいな星を見るときの気持ちはいつも、星以外では得られないものだなと思う。

 

 

行きたかった展示の終わりが迫っているため、明日からまた都内の方に向かう予定である。日が暮れる前には出発したいと思っていたのだが、少々困ったことになった。

 

先日ネットオークションでずいぶん昔の小中学校くらいの教材を買った。どういうものかというと35mmのフィルムに花や虫、人体の構造やおとぎ話などの画像が焼きつけられたもので、それを幻灯機(プロジェクターみたいなもの)にかけて、投影しながら解説したりしていたわけである。1本ごとに題材の違うフィルムが、20本ほどまとめて出品されていた。

幻灯機を一度使ってみたかったことと、もともと古い教材やロマンに惹かれる質なのも相まって軽い気持ちで落札した。届いて手に取ると、とても興味深くてどきどきした。光に透かすと、ユリの花が咲くまでの過程やとび箱の飛び方、とんぼの雄と雌の違いが見える。しばらく夢中になって眺めていたのだが、フィルムのエッジ(端)部分に"NITRATE FILM"の文字を見つけて焦る。ナイトレートフィルムとは1950年代あたりまで使用されていたセルロイド製のフィルムで、限りなく燃えやすく(40度以下で自然発火した例もあるらしい)、危険な代物なのである。実物を見るのは当然初めてで話にしか聞いたことがなかった、というよりほとんどが劣化や発火して現存していないと聞いていたため、まさか手元にそんなものが来るとは思ってもみなかった。

 

エッジに"SAFETY"の記載があるものは確実に50年代以降の不燃性に変わったあとのフィルムなので問題はないらしいのだが、届いた半分以上は明らかに古そうなモノクロのセーフティ記載のないもので頭を抱えている。セーフティの記載がない不燃性フィルムも存在するようだが素人目には判断する方法というものが「端を少しだけ切って燃やしてみる」のほぼ一点に尽きるようで、私の明日の予定はすでにそれで埋まってしまった。40度以下で自己発火するようなもの(まして、酸素を吹き出しながら燃えるため水に沈めても消火しないらしい)を家に置いたままの外出など常時恐ろしすぎて展示どころではない。まして今この瞬間にも燃え上がるのではないかと恐ろしくて見張っている。

なにが悲しいといえば、一通り目を通した中でいいなあと思ったものは大抵セーフティの記載のないモノクロのフィルムだったことである。"ユリの一生"、"霜の花"、"顕微鏡下の世界"。極めつけは特に気に入った"昆虫"と"とんぼ"の二本にもセーフティの記載がなかったことだ。

 

私は明日起きたら(爆弾を横にして眠れたらの話だが)、20本以上のフィルムの端を細く切り、一本ずつ燃やす。その上で、勢いよく燃えたものはフィルムごと燃やさなければならないだろう。ナイトレートは貴重ではあるが、こうして一般販売された教材に限って資料として寄付するような価値はないだろうし、なにより数日保管して家が燃える方が困る。願わくば一本でも多く不燃性のものであってほしいし、せめて昆虫かとんぼのどちらかは残ってくれたら嬉しい。スキャンしてデータだけでも残しておきたいが、スキャナーの光を当てることもかなり危ういだろうと思うので、あとはもう祈ることくらいしかできない。

古いものを買うことに付随する危うさを身をもって実感した。先月も少し離れたあたりで大きな火災があって、20棟近く焼けたらしい。火は恐ろしい。形が残らないのは何よりも悲しい。