ひとつふたつ、なすべきことが積み重なるだけで文章を書くのが疎かになってしまっていけない。

 

 

 

 

早いもので、八月は気づくとすぎていた。

八月という いかにも真夏・といった名前の月は例年であれば催し事も多く、一年の中に四季があることを実感できる貴重な月なのだが。

元々外出することの少ない自分にとって、この町のくそ暑い日差し(昨日などは全国一の気温を記録していたぞ)に今年は殆ど苛まれずに終わってしまった。有難いといえば有難いが、やはり少し寂しい。

 

 

 

 

ここ数日は、朝はどこかしらのファミリーレストランにいる。

 

数週間前まで、夜にまったく眠れず悩んでいたのだが、ある日一日中、陽の光を浴びながら活動すると嘘のように治った。その上朝は7時ごろに目の覚める健康体になってしまった。人間らしい生活はやはり大切だ。

 

家にいるとつい休憩の割合がふえるので、眠気覚ましに車にのりファミレスに入り、おおよそ店員さん目線の死角であろう席で小一時間ほど考え事をする。

家でも食べられそうなトースト、変哲も無いソフトドリンク。

それに三・四百円でも、本来二度寝かましていたかもしれん時間をこういう書き物に使えたならば安いものである。

 

 

しかし、ファミレスに限ったことではないが百円ていどの差でメニューを悩んでしまう自分が不甲斐ない。きっと今ごろ通勤を終え、働きはじめる友人たちならば、迷わず食べたい方をすっ と選べる。

自分が作品を発表すると友人たちは皆賞賛してくれるが、彼らの方が余程すごい事を毎日している。自分も大人にならなくては、と日々思い反省するばかり である。

 

明るく書き終えようと思いはじめたのだが、一度脱線するとつい憂鬱な方に向かっていってしまうのがよくない。よくないな。

 

 

 

 

ティーバッグを入れっぱなしのカップの中がどす黒くなっていた。

酸っぱくて目がさめるや

 

なんかみんなに会いたくなったな。

三月まで、毎日会っていたのに。もう、学生じゃないのはわかるのだけど これがふつうになっちゃうのは、嫌だなあ。

 

どうしようもないんかなあ